2. 子育ち・子育て支援の今日的課題とその特色

 そこで、迅速に有意義な「実践」を展開すべく、複雑・高度・多様化する子育ち・子育て支援の今日的課題を具体的にしっかり把握することが必要です。現時点からこの点を考える場合に取り分け大切なことは、1997年の後半から1999年春頃までの子育ち・子育てをめぐる様々な動きに注目し、それらの精緻な分析を試みることと思われます。


 その理由は、1997年6月に、通称「神戸事件」で知られる中学生による(とされる)小学生の残忍な殺害事件が明らかとなり、その後、引き続いて主として男子中学生によってしばしば「凶悪」と形容されることとなったショッキングな事件が相次いで、最近の子どもたちが抱えている重大な子育ちのつまずきが明らかとなったこと。


 さらに、「ナイフ事件」、「キレる子現象」等の言葉が大衆化するまでに、子どもの育ちの現状とそこに潜む問題をどう捉えるか?専門家と呼ばれる研究者や関係施設の職員、政治や行政の担当はもとより、国民各層で、この問題をめぐる議論が繰り返され、問題の解決や展望をめぐって多くの提言が発表されるに至ったからです。これらの主要なものがその後の子ども論や子育ち・子育て支援施策の策定に基本的な方向性を与えることになったとみるからです。


 資料「子育ち・子育てについて考える視点と課題」をご覧いただければ一目瞭然ですが、1998年に発表された答申や意見等(以下、便宜上「1998年見解」と呼ぶ)は目立って多い。グローバルスタンダードに基づく教育や福祉の改革案が形となった時期というばかりにあらず、そうした事情が重なったためです。また、実際、教育・福祉改革を主目的に提示された答申や意見等の中にも、子どもの育ちの現状に対するコメントを盛り込んだものが多い。


 その後、既にご紹介した新エンゼルプランや少子化対策臨時特例交付金の創設等、1999年の夏以降もいくつか注目すべき子育ち・子育て支援施策が登場するが、子どもの見方や政策・施策形成の理念として目新しいものは限られており、主として1998年に発表された理念が継承されたり、敷延されたりしたものとみられます。念のため、資料「いつの間にやら…子育ち・子育てをめぐる気になる情勢」を掲げるので、関心のある向きは確認していただきたいと思います。


 政策・施策的なものについては、取り分けグローバルスタンダード(自由競争=規制緩和・市場原理・分権)を念頭に置きながら(但し、それだけが理由とは限らず、また、主要なものとも限らないが)みていただければ、なぜこうしたものが登場するのか?という背景を容易に理解できると思われます。


 そこで、子どもの育ちの現状とそこに潜む問題をめぐって、大方が一致する見解を明らかにすべく、1998年見解を分析した結果をまとめたものが、資料「子育ち・子育てについて考える視点と課題」のII章です。「D.特に期待される子育ち・子育て支援施策」に掲げた施策が次々と体現されることを期待していますが、一目見てお解りのように、これらは保育園や学校の中で展開されるものではなく、それらとの連携や協力も含みつつ、地域の中で様々な関係者・施設の共同を前提に成り立つものです。注目されましょう。

 

 なお、紙幅の関係で詳述できないため、結論の羅列となって恐縮ですが、1998年見解に指摘されたたり、盛り込まれた複数の子育ち・子育ての課題とその解決策に比較的共通すると思われる特色を整理すると以下のようになります。(重要とみられる点に、一部筆者のコメントを加えました。)

 

(1) 虐待問題に端的に示されるように、解決に複数の専門機関や専門家の協力を必要とする問題が増えていると思われること。


(2) 思春期病に象徴されるように、もはや治療を必要とするまでに病んでいる子どもたちが増えています。心理や保健・医療の専門家との共同が積極的に求められていると思われます。


(3) 今日、政策的に有効な子育ち支援策として積極的に提起されているのは「体験学習」です。方向性は間違いではないとしても、i.子どもたちの日常生活から切り放された変・稀・珍なる体験への動員で終わっているものが多いとみられます。ii.取り組みに当たり、特技、才能に恵まれた地域の様々な立場の人々から協力を求め、また、それにより人間関係作りの体験を豊かなものにしようとする方向性 = 学地連携も打ち出されています。いずれも方法論に手探りな部分が多く、在り方の精緻な検討が必要です。


(4) 虐待、セクハラ、家事・育児分担、就職差別など、子育ち・子育てに関する問題やその周辺で、ジェンダーバイアスの解消が不可欠とみられるものが多々認められます。しかし、これまで十分な検討に至っていないと思われます。


(5) 高校生の4割が携帯電話を所持し、小学生が電子メールを送信する時代となっています。学校教育へのパソコンの導入は拡大・加速化する情勢です。子どもたちの方が新しい時代への適応能力は高く、また、独自な情報収集により、大人の認識や予想を越える行動を可能とする状況が生まれてきています。情報化時代に生きる子どもたちの育ちをどう捉えるか?重大な課題と思われるが、十分な検討に至っていません。


(6) 子どもの権利擁護と社会参画を推進しようとする動きが広がりつつあり、喜ばしい。そのための条例制定を行おうとする自治体もあります。しかし、具体化には多分に試行錯誤の段階とみられます。各地の経験や成果を活発に交流し、検討の俎上に載せることが期待される。


(7) 国際家族年や児童福祉法改正の議論の途上等で盛んに登場したが、「児童家庭福祉」、「子育て家庭支援」等の言葉が盛んに使われる時代となりました。親世代に教育力が欠けており、また、一人の人間として、親もまた生きることに多分に困難と不合理を抱えた状況の中にあることが判明しています。正に「子育て」支援なり、親子ぐるみの生活支援といった観点からの検討が期待される時代と思われます。


(8) 子育ちの矛盾が最も集積していると言われる中学生や高校生に対する支援は拡大しているが十分とは思われません。期待される発達環境の整備として、「居場所」づくりは一層重要な課題として認識されるようになってきています。深化させる議論の展開が期待されよう。