さて、これを書くにあたり、あらためて「遊び」ってなにかなということを調べてみようと思いました。本立てをひっくり返して出てきた「遊び」に関する単行本は実に50冊以上にもなりました。ちなみに職場のある品川区の全図書館(九館)にある「遊び」と言うジャンルに分類されている本をコンピュータで検索してもらった所、104冊の本がリストアップされてきました。
内容は、「世界ゲーム百科」(ベースボールマガジン社)や「遊び図鑑」(福音館書店)「あそびの学校ハンドブック」(一声社)など、遊びの内容やあそび方をていねいに紹介した本がほとんどですから、子どもたちの世界に伝わってきた何百・何千と言う遊びの中からいくつかを取り上げてぼくがこの短い講座の中でお話するよりも、ぜひそれらの本にあたって、読みくだいていただく方がよっぽど勉強になるのではないかなと思います。(文末に本のリストを載せてありますので参考にしてください)
東京少年少女センターでも、以前に「みんなであそぼう」という120ページあまりの本を作りました。子ども会・少年団の指導員から取材しながら、「いま子どもたちとあそんでおもしろい遊び」を91種とりあげ、紹介とともにあそび方のこつをイラスト入りで示しました。その本のあとがきにも書きましたが、遊びを文字で伝える事のはかなさ、つまらなさを本を作っている間中感じていました。
子どもたちは、遊びを文字やイラストで伝えているわけではありません。言葉ですら伝えていない節があります。まずルールを言葉で説明して、みんなに理解させてから遊びに入るなどという事は大人のやる事です。
子どもたちは、遊びの内容をまず見て覚えます。そして次にその遊びに参加しながら身を持って細かいルールややり方を覚えていくのです。だから、遊びをよく知っていて、思い切りあそびきれる集団が子どものそばに必要なのです。子ども会・少年団の中ではそれが年長の子やリーダーの子どもたちの果たす役割です。そして、地域にあっては、子ども会・少年団という子ども集団がまわりの子どもたちに果たす役割なのではないでしょうか。
子どもたちに寄り添いながら子どもたちのあそび心をふるいたたせ、いっしょにあそびながら、遊びの持つさまざまな要素(技や厳しさ、あたたかさ、我慢、主張、トラブルの処理、誘いかけ、励まし、慰め、作戦、知恵、期待、夢などあらゆるもの)を子どもたちと共感しあい、時には伝え手として、時には子どもたちからのメッセージの受け止め手としてかかわるのが青年や父母の役割だと思います。
本来ならばこれらのことは、子ども集団の中で自立的・自発的に行われるべきものです。しかし、特に小・中学生の子どもたちの放課後や休日の生活が細切れでぎゅうぎゅう詰めのものになり、ゆっくりとした遊びの時間を継続的に持てなくなっているいま、あらためて子どもにとっての「遊び」の意味を押えながら、子ども自身の文化として遊びが発展するよう働きかける大人の存在は、さびしいことですがなくてはならないものになっています。