保育園、学童保育と集団の中で子どもを育ててきたお父さん、お母さんが、我が子にその数年間の成果を生かして、卒会後、地域で多くの仲間と生き生きした生活を作り出して欲しいと願うのは、当然のことと思います。しかし、子どもたちにしてみれば、いままで述べたような社会の中で、ものすごく困難な課題なのです。このことをしっかり理解する必要があります。
私たちは、安心して働くことができないから、子どもを保育園や学童保育に「預けて」きました。子どもたちは、保母さんや指導員、なによりも仲間の励ましの中でさまざまなことを身につけ立派に自立してきました。4年生にもなれば、多少の不安は残るものの放課後の数時間を自分の力でやりきりことは、それなりにできるようになってきていることでしょう。その点での親の不安は、解消されそうです。
このあと、どのような仲間の関係を地域に作りだして行くのかは、子ども自身の問題だから、親は口を出さないで、子どもにまかせたほうがいいのでしょうか。これまで述べたような「9才の節」の大事さと、それを乗りこえる「困難さ」を考えた時、むしろ、これからこそが親の姿勢が問われる時なのではないでしょうか。保育園、学童保育でつちかってきた父母集団の真価は、ここで発揮されなければなりません。
しかし、現実的には、子どもが地域でつながっていくのが困難なのと同じように親が地域で子育ての力強いつながりを作り育てて行くことは、多くの困難をかかえています。
その一つが、これまで述べてきたような卒会期の意義をみんなのものにする上での困難さです。
基本的には、一数できないことではないと思います。しかし、両親とも働いている忙しい生活の中で、子どもたちの生活や、思いがともすれば見えづらくなっていないでしょうか。そして、それまではその見えづらい部分をすべてが学童保育の指導員にカバーしてもらっていたために「なんとかなる」という変な安心感がないでしょうか。
保育園、学童保育では、子どもたちも、親たちも望まなくても常に同じような生活を送っている仲間がいました。時には、その仲間の存在がわずらわしく感じた人もいることでしょう。しかし、卒会後の生活はちょっと違います。自分から求めて外に出なければ仲間は作れません。その質的な違いを、しっかり受けとめる必要があります。
学童保育を卒会したとたん家の中に入り浸りでテレビをみたりファミコンをやって一日を過ごしてしまう。という相談を受けることがよくあります。ある学童保育を卒会した子が、妹が入会する時に、「私は、学童保育を卒会したときに友だちがいなくなってすごくさみしい思いをした。妹もきっと同じだと思う。だから妹は学童保育にいれないほうがいい。」とお母さんに訴えました。
これまで親の都合で学童保育に縛り付けてきたんだから「かわいそう」と親も思い、子どもも「今までがまんしてきたんだから自由にさせて欲しい」と主張します。まさに当然の思いであり、要求であると思います。だから、まず親が子どもより先に一歩、成長してもらいたいのです。「親の都合」で子どもを引き回していた時代を卒業して未来に向かう子どもたちを、子どもたちがまっとうに生きづらい世の中でどのように育てていくのかというとろで改めて「仲間の中で、仲間と共に子どもたちを育てていくことの大切さ」をみんなとよく話し合って確認して欲しいのです。
二つめの難しさは、学童保育を卒会すると同時に、実際、子どもたちが実に多様な生活をそれぞれ送りはじめるので、要求の一致点がなかなか見えてこないということです。
「そろばんを習いたい」「ピアノをやりたい」子どもたちがいっせいに言いはじめます。学校のクラブ活動も始まります。塾にも行かせたいと親は思います。ともかく子どもは、この際、自分の気が向いたことをなんでもやってみたいと思う。親も毎日放課後が心配だから、取りあえず役に立ちそうなことはやらせておきたい。表面的にはバラバラのように思えます。毎日の生活の中ではそうでも、親の真の願い、子どもの「ワクワクするような楽しいことに夢中になりたい」という本質的な要素はひとつだと思います。
目先の生活や要求も大切にして語り合いながら、より長い目で子どもたちをどう一人前にしていくのかをしっかり話し合いましょう。子どもたちが卒会を迎えるということを親としてどう受けとめていったらいいのか、ある学童保育の父母会が卒会にあたって話し合った内容を紹介し、考え合うきっかけとしたいと思います。
「学童クラブを卒会したあとの放課後の子どもの生活をどうするか」について父母の具体的な話し合いが持たれるようになったのは、3学期に入ってからであった。とりあえず、放課後、子どもたちに何をさせようとしているのか、各家庭で考えていることを出しあった。
塾、そろばん、英会話、習字、ピアノ野球、サッカー、剣道、柔道、空手、スイミング、太鼓教室、新体操、楽焼きクラブなど、27人それぞれの内容が出された。この中には、子どもと話し合って学童クラブに行っている間はなかなか行けなかったので、4年生になったら行きたいというのもあったが、多くは「放課後、一人にしておくと不安だから」ということで、中には一週間びっしりつまっている子どもいて、何時から何時までは、どこにいるかわかっていて安心だという意見もあった。
さらに、親の不安と願いを素直に出しあったところ…
「親が安心して働き続けるためには、家に友だちをたくさん連れてきて何をしているかわからないというより、スケジュールをびっしり埋めることもしかたがないのではないか」
「これをいい機会に、一人で食事を作って食べられるようになるのも子どもたちにとっていい経験ではないだろうか」
「学童クラブを卒会したら、急になにもかも自由になったと思って、野放しになってしまって、うちの子はなにをするのかわからないので心配だ。」
「せっかく三年間いっしょにやってきたのに、学童クラブが終るとバラバラになってしまうのは、残念。」
「児童館に遊びに行けばなんとかなると思う。」
このときの父母の話し合いでは、親の都合や心配、不安から出発して、そのわくの中で子どもに何かさせようという意見が強く出された。しかし、それも無理のないことで、親としては共働きはやむにやまれぬこと、親の気持ちが先行するのも当然と言えば当然かもしれない。
親の率直な話を聞いていた指導員からは「子どもをどうするかということは子どもにどのように育って欲しいかということではないか。育つ主人公は、子どもである。肝心の子どもの気持ちは、どうなんだろうか。学童クラブの3年間の生活で子どもが得たものは何だったのか。子どもの成長を考えた時、4年生以降の生活では何が必要なのか、子どもの成長をうながすためには、どんな力が必要なのか、一人ひとりの父母でそれがやりきれるものなのか。放課後、どうすごさせるかだけでなく、もっと大きな目で見ていくことが大切だと思う」と結んだ。
親としては、一番痛いところを指摘されたわけで、子どもを見る見方の狭さをいやというほど知らされたのだった。
どうですか?
どこの学童保育でも卒会にあたって同じような話し合いがされているのではないでしょうか。そして、結果的には、子どもたちの成長のための共通の課題が見い出されないまま、せめてもと「子どもはともかくとして、せめて親だけのつながりは、残しておきましょう。」と、いわゆるOB会がよく作られています。
一見バラバラに見える卒会後の子どもに対する親の対応、その結果として子どもの生活のバラバラ状況もさらに詰めてみれば、きっと子どもたちに対する親たちの共通の思いや課題が見えてくるのではないでしょうか。保育園、学童保育と集団の中で子育てをしてきたその核心部分が問われています。
さきほどの父母会の話し合いを引き続き見てみましょう。
3月に入って、今まで何回か話し合ってきたことを整理しながら、もう少し、つっこんだ話し合いをした。親としては、自分たちの都合ばかり出ていたこと、子どもの気持ちや成長のこと、3年間のつながりをどう生かして行くか、など、親としても反省も含めて出しあっていきました。
率直に言って、親の頭の中には、「毎日の放課後をどうするのか」ということがずっとはなれず、いぜんとしてモヤモヤしたものがありました。それも当時、全国的な風潮だった中学校の荒れがこの地域にもあり、「放課後、一人にしておいて荒れた中学生に脅かされたり、影響を受けたりしないだろうか」「3年先に中学生になった時に非行に走らないだろうか」などの不安を親が持っていたことも事実でした。ある小学校では、クラスの三分の二以上が私立中学を受験するという状況もあったほどで、小、中学校をめぐる環境に複雑なものがありました。
だからこそ、そうした状況の中で親としてはどうすることが必要なのかをつっこんで話し合う必要もあったのです。
「この地域には子どもたちを受け入れるものがあるかどうか、今の子どもは日曜日の生活の中で、仲間が増えていない。誘うと出てくるが誘わないとだめである。放課後どうするかという心配もあるが、もっとこんなふうな生活が子どもたちに過ごせたら、ということで考えてみよう。」
「親の心配ばかりが先に出ていて、子どもの生活、成長をどうするかというように考えられていなかった。学童クラブを卒会するということで、母親が仕事を変えて、子どもが学校から帰ってきたときに家にいられるようにしようかとも思った。しかし、よく考えてみると母親一人で子どもを守れるわけではない。親どうしが力を合わせないと。学童クラブでは、いやでもたくさんの友だちと遊んでいて、それなりに成長してきたと思う。卒会するとそういうふうには遊べなくなり、子どもにとっては本当に不本意な「中断」ではないか、学童クラブや児童館の先生にお願いして、その「中断」をとりはらえるのかどうか。また、親たちがそれを作りだすことができるのかどうか考えていく必要があるのではないか。」
「はじめは、あんまり深く考えていなかったし、何が問題になっているのかよくわからなかった。また子どもに対しての我が家のプランもあった。みんなの話を聞いているうちに、子ども個人ではなく、集団を考えないと子どもの成長はありえないのではないかと思うようになった。自分の子どものサッカーの試合を見ていても、あまりにも内弁慶なのには驚いた。もっとたくさんの子どもの中でもまれて精神的にも強くならないとだめだ、親としてもいまの三年はまとまっているし、子どものためになにかやろうといえば、みんな協力してくれると思う。この親どうし、子どもどうしのつながりを大切にしていきたい、この間、子どもたちと一緒に遊んだが、疲れるけれど童心に返ったようで、たいへん楽しかった。親の目としても子ども全体を見れるようになったと思う。」
「何も子どもに提起しないままで卒会してしまうと、バラバラになってしまって、なかなかもとにもどらなくなってしまうと思う。子どもたちをひっぱっていってくれるリーダーの人がいてくれれば、子どもたちもついていくのではないか。」
「中学での非行が問題になっているが子どもも親もしっかりつながりを持ったまま中学に行けば、非行にも負けない子どもの集団として大きな意義があるのではないか。」
「4年生の1年間どのようなことをやるのか、という目標をもつことが大切だと思う。その目標に向かって子どもたちが自主的にやれるように、親としては陰で援助していく必要がある。そして自分たちで「ヤッター」と思えるものを作り出し、子どもの自信にしていく。そのためにも親が子どもたちとも話し合って、一定の見通しを持つことが重要ではないだろうか。」
こうした話し合いの中で、「親の気持ちとしてもこのままで終らせたくないし、なんとか子ども集団を引き続き遊ぶ仲間としてまとめて行こう」という点で一致ができてきたのです。
卒会し、四年生になるにあたって「我が子」に「何をさせるか」「どのように放課後の生活を送らせるのか」という話し合いを出発点にしながら、もう一歩突っ込んで「我が子のまわりの子どもたち」に目を広げながら、仲間の中で「どのような生きかたをさせるのか」「どのような人間に育って欲しいのか」という話し合いの中で、初めて学童クラブにいた三年間の子どもにとっての意識が確認し合われ、卒会してのちも子どもたちの意見を大切にしながら、地域に子どもたちの豊かな人間関係を親たちがちからを合わせて作り出して行こうということが共通の願いに高まって行ったのです。
キャンプ、子どもまつり、ハイキングなど、子どもたちといっしょにとりくむ学童保育の父母会活動を通じて、一人一人の子どもたちの姿が誰の目にもよく見えるようになっていたこと、子ども集団の自主性と子ども集団の活動を援助する父母集団の役割がそれなりにみんなに理解されていたことなどが「みんなの子どもたちの地域での成長、発達のために力をあわせよう」という決意の大きな裏付けになっていたことも見逃せません。
学童保育の父母会の集まりに出かけて話をすると、よく「ともかく子どもがなかなか行きたがらないので、通わせるだけで精一杯なんです。」とか「子どもは学校の友だちと自由に遊びたいようで、時々親やクラブに内緒で休んだりするんです。」「子どもにとってみれば、早く解放されたい、自由になりたいという気持ちのほうが強いようで、いまさら集団と言っても子どもたちがついてこないのではないかしら」「親の気持ちとしてもこれまで子どもを親の都合で、やれ保育園だ、やれ学童保育だと縛り付けてきたので、かわいそうな気もするし…」「それに正直言って父母もやっと大変な父母会活動から解放されるというホッとして気持ちもあるんです。」といったような意見が出されることが多くあります。
母親が安心して働けるように、子どもたちが集団の中で生き生きとした放課後を過ごせるようにと誕生したはずの学童保育ですが、運営や指導のありかたによっては、ほんとうに「父母、子どものための施設」になりきれていないところもあるようです。
学童保育の時代から「学童保育に行っていれば安心」ではなく、父母、指導員ともに学校や、地域の子どもたちの中で「学童保育の子どもたち」がどのように仲間と関わり成長しているのか、問題点はなんなのかを常に子どもの姿を通して語りあっているような「父母会活動」や「指導員のはたらきかけ」が求められているのです。
前述の学童保育の父母会では、そうした3年間の積み上げの中で全員参加の「卒会後について」の話し合いを実に二十数回にもわたって行ない、本質的な話へと迫っていったのでした。